中学生の頃の自分は、背も低くてひ弱ないじめられっこだった。
毎日を『最悪だ』と思って生きていた。
しかし。
どうやら『最悪』というのはずっとず〜っと奥が深いものらしい…買ったばかりのPCのモニターの前で八樹はぼんやりとそんなことを考えていた。
『WARP DAY』
(『錬金術』とかだったらちょうどよかったのかもな、俺って…)
返ってきた中間テストの答案は、大体において予想の範囲内だった。
文系科目のほうが点数がいい。受験のことも考えて一応取ってある数学は「悪い」とは言わないギリギリくらいの出来。そしていつものことながら何故か化学だけはしっかりトップクラスだ。
文系なのに化学ができてもまったく意味が無い。
スポーツ推薦のことも考えて、内申点の足しにするべくとっているのが実際のところ…と言っても、化学記号を覚えるのはなんかパズルみたいで面白かったし、実験も楽しい。記憶力はいい方なので化学式も別段苦にならない。
まぁ、たぶん化学は好きな科目なのだ。
しかし、それ以外の理系科目は軒並み苦手だった。
生物は虫が嫌だから教科書からして開く気が失せるし、数式は見るとため息が出る。特に物理なんか大嫌い。
結局、自分は文系人間なんだろう…それが八樹の結論である。
(文系の化学教えてるとこがあれば最高なのに…)
答案を返したあと、テストで間違いが多かった問題を教師が解説して6限の化学は終わった。教室に戻ってのんびり帰り支度をする。
この間、道場の天井が何者かにぶち抜かれた。
犯人は特定できるような気がするが、あえて言うほどのことではない。むしろ言っても無駄、と言うべきだろう。
修理代が生徒会特別予算と言う名の個人のポケットマネーから出ることになった経緯でほぼ想像はつく。
休みの前に業者が入ることになったので今日は部活がない。
錬金術の大学とかないのかな、などとくだらないことを考えながら、八樹は珍しく早い時間に家に帰った。
週に4日の部活が終わるのは6時。
そのあと個人的なメニューをこなすので、帰ってくるのは10時近くになる。翌日の朝練に疲れを残さないよう、早めに寝るのがいつもの生活だ。
しかし、今日は予定外の時間ができてしまった。
せっかくだから普段は出来ないことをやろう…そこで思いついたのが、最近買ったばかりのPCでの探索。
(なんだろう、まずは何か検索してみようか…)
基本的に物事は下準備をしてから始める八樹である。
2ヶ月前、PCを買ったときに関連雑誌は読み漁った。
セキュリティとかも大体理解したし、有名サイトと言われるところはとりあえず覗いてみた。
それからアダルトサイトをいくつかまわって、他校の剣道部のHPを見てから、チャットを眺めるところまでは済ませてある。
今日は出来れば何か新しいところを開拓してみたい――それも『偶発的な出会い』といった感じで、面白いサイトとか見つけてみたい。
本人はまったく自覚していないようだが、余計なところだけロマンチストらしい。
まずは検索サイトに行って、手始めに自分の名前を入力してみた。
『八樹 宗長』
ヒット件数:12件
(あ〜結構あったりするんだ…)
八樹の名前はそれほどよくあるものではない。
時たま自分とは関係がないのも引っかかってはいるが、ほとんどが剣道の大会の出場記録とか、他校の剣道部との交流試合名簿とか、つまりは八樹自身の名前でのヒットだった。一応全部ざっと目を通したが内容といえば試合結果くらいで、さすがに悪口などは書かれていない。
書かれていたら書かれていたでムカついただろうが、何もないとそれはそれで拍子抜けする。
(でも、俺で引っかかるってことは…)
――梧桐くんだったらどうなんだろう?
高校剣道ではともかく、自分はそれほど目立った行動はしていないはずだ。しかし、梧桐はかなり派手にいろいろやっている――
(『梧桐勢十郎被害者の会』とかあってもおかしくないよね)
HPなんて簡単に作れる。
それに企業告発ページとか匿名掲示版とかいろいろあるんだから、どこかで梧桐にボコられた人達が集まって愚痴っているのではなかろうか…そういう陰険な方向にはすぐに反応する八樹だった。
(でもあの梧桐くんのことだしねぇ…)
たとえネット上であろうと、誹謗中傷(いや、単なる事実かもしれないが)を言われていたら、まず間違いなく確実に相手の息の根を止めに行きそうだ。
そこまでの危険を冒す人間がいるだろうか?
とりあえず。
ものは試しでやってみたほうがいいだろう。
(名前を入れて、っと…)
『梧桐 勢十郎』
ヒット件数:58件
意外と言うべきか案の定と言うべきか――いろんな梧桐勢十郎が引っかかった。
大体は個人の日記らしい。
内容から察するに明稜高校の柔道部とかテニス部とかの部員なのだろう、どうやら梧桐に何かしら被害を受けた人間が、捨て台詞代わりに吐き捨てている感じだ。
八樹が想定していた、掲示板とかで大勢で愚痴を言い合っているような場所は見当たらない。
(なんだ…みんな案外やらないんだ)
実のところ、八樹のこの着眼点は悪くなかった。
『梧桐勢十郎被害者の会』はネット上に存在したし、みんなで梧桐の悪口を言いあっている匿名掲示板も機能していた。
しかも、そのサイトの管理人は八樹も知っている例の生徒会員――ただし、当然の心得として検索避けした上、伏字・当て字絶対だっただけである。
八樹がもうちょっと考えて「角会長」とか「セージ」とかで検索したら発見できたかもしれなかったのだが…それはそれ。ネット初心者ではそこまで勘が働かない。
(梧桐くん…があったらさ、やっぱり半屋くんとかもあるのかな)
梧桐はなんだかんだ言っても、それほど理不尽なことはしていない(ような気がしなくもない)。
しかし、半屋はまず間違いなくおおっぴらに気の向くままにいろんな人間をボコっているに違いない。当然、梧桐以上に人から恨みを買っているはずだ。
(コイツをやったら1万円!とか言われてそうだよね、アングラサイトとかで)
この読みも悪くなかった。
普通科の3年が開いてるサイトは、一見ただの作りかけのように見えながら、いくつかの単語を直打ちするとシンプルかつ凶悪な依頼が書き込まれる掲示板に繋がっている。
ただ、半屋が喧嘩した相手がまだそのサイトへ辿り着けないでいるだけだ。
もし八樹がそのサイトの存在を知ったら、かなり興味をそそられたことだろう――幸か不幸か、そこを発見することは無かったのだが。
そして、八樹はあんまり考えずにいくつかの単語を入力してみた。
『梧桐 半屋 恨み』
あまりに率直すぎるこの3つのキーワード。
八樹とて、別に何かひっかかることを期待して検索したわけではない。
しかし。
ヒット件数:2件
(へぇ…あるんだぁ…)
『生徒会室』と名づけられたそのページの内容要約を読まずに、八樹はリンク先に飛んでみた。
それが、全ての間違いだったのである。
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