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 世の中、平穏なように見えるけれど、案外身近なところに事件は転がっているものだ。少なくとも、自分の周りは事件だらけ…いや、自分が事件の中に転がり込んでいると言ったほうが正しいのか。

 そんなわけで、滅多なことでは驚かない、むしろ「驚けなく」なっている矢張である。
 しかし、今回ばかりは驚いた。

 相談を持ちかけられたのだ――なんと御剣から。




「でさぁ、相談ってなんだよ」

 午後1時。
 日も中天からやや傾きかけて、穏やかに暖かな休日の午後である。
 待ち合わせに指定した上野のトンカツ屋で特上ロース定食を頬張りながら、矢張は目の前で地蔵のように黙りこくっている男に尋ねた。ここのトンカツは美味い。衣はカリカリサックリとふんわり柔らかな肉を包み込む。溢れる肉汁に絶妙な酸味のソースも堪らない。
 しかも特上ロース。
 そのうえオゴリ。
 自分の懐が痛まない、となれば余計に美味しい。自然と頬も緩んでくるのが、人間というものだろう。

…一方、目の前の御剣は、と言えば…

 眉間の皺もくっきり深く、「鬼気迫るように焦燥しきった顔」としか言い表しようのない表情で、水の入ったコップをじっと眺めていた。いや、睨みつけていた。その目付きといったら、ホラー映画に出てくる呪いの人形とヒステリー状態の猫を足して2で割って3割増にしたような凄まじさ。睨みつけられているコップが逃げ出さないのが不思議なくらいである。

「相談あんなら早く言えよ。オレはこのあとバイトなんだからさぁ」
「あ…」
「あ?」
「…いや…」
「いや?」

 お地蔵さんのようだった硬直状態からようやく覚めたらしくコップを手にした御剣だが、コップの水面が細かく揺れている。話し始めるのに相当なプレッシャーがかかっているらしい。

「おいミツルギィ〜難しい相談なら成歩堂にしろよ?オレ、めんどくさいのパスだからな、パス」

 普段でも御剣はクソ真面目で融通が利かなくて、その上プライドが高くて怒りっぽくて常識がずれていて変な奴だ。それが目の前で言葉を探してプルプル小刻みに震えている。否が応でも『こいつは厄介な相談』警報が頭の中でファンファン回り始めた。 
 特上ロース定食はすでに腹の中に収まっている。食ってしまえばもうこっちのもん、とばかりに、早速逃げ腰になる矢張である。

「成歩堂…?」
「そ、成歩堂。あいつは近所のおばちゃんの愚痴だの青春お悩み窓口だのが大好きだからなぁ。難しい相談なら喜んで聞いてくれるはずだ。なんたって弁護士なんだから」

 いい加減なデマカセを並べ立てながらお茶のおかわり頼んだ。めんどくさそうな事は成歩堂にまわす…それがいつのまにか矢張の習慣になっている。もちろん、褒められたことではない。しかし、彼に言わせれば「その厄介事をホイホイと引き受けるヤツにも責任がある」ということだ。

「……」
「うん、それがいいなっ。決まりだ決まり〜いまから携帯で呼び出してやるからさ」

 ごそごそと上着のポケットを探っていると、御剣がぼそりと口を開いた。

「…には…」
「…ん?なんだって?」


「成歩堂には言えんのだ!!!」



 うららかな午後をぶち壊すような怒声が響き渡る。もともと人の少ない店内がシーンと静まり返った…

 

 

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