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「相変わらず君は落ち着きがない。路上で大声を出すな、周囲に迷惑だ」

 眉をつり上げてさっそくお説教にはいる御剣は、さきほど見かけたときの鬼気迫った様子はどこへいったのやら。
 いつも通りに、いかにも御剣らしい尊大な態度に戻っていた。

「な、な、み、…御剣っ、なんでここにっ!?」
「これから裁判所に提出する資料がある」

 視線を下ろすと、右手に抱えている紺の風呂敷包みが目に入った。

 書類資料を運ぶのに風呂敷を使うのは検察の伝統だ。法曹界に入ってからは毎日のように見ているけれど、未だに違和感がある。

(服装のせいかな? )

 ヨーロッパ調だか何だかをイメージしたらしいフリルとちょこんと縦結びにされた風呂敷が似合わないのか――ならば。


……着流しの御剣&風呂敷。ついでに番傘。


(おお、案外似合う)



「……何を考えてるんだ」
「あ…いや、何でもないです…」

 御剣の不信感たっぷりの声に、時代劇スターでデビューとか余計な想像を頭から取っ払った成歩堂である。

「ところでいつまでここに突っ立っている気だ? 通行の邪魔になるぞ」
「いや、僕もこれから法廷があるんだけど」
「それならば歩けばいいだろう」
「……そうでした」


 御剣の言うことは理路整然と隙がない。

 そして可愛くない。


(昔はもっと可愛かったはずだぞ、確か…)


 成歩堂の記憶にある小学生のころの御剣は、よく笑ってよく怒ってよく拗ねていた。時々泣いた――いや、泣かせたのか。
 まぁその辺はお互い様だが、もっと生き生きしていた。

 空白の15年の間にはにかんだ笑顔は失われ、今は甘さのない厳しい横顔。



(そういえば……)

 御剣と並んで歩くなんて、ずいぶん久しぶりだった。






「で、何が無理なのだ」
「……は?」

 いきなりの問いかけに素で聞き返してしまう。

「さっきキミが言っていたことだろう?」
「……あ…アレ…」


 どうしてこの男、失言だけは聞き逃さないのであろうか…


「な、何でもないよ、ただの独り言だから」
「独り言でも私の名前が出ていた。つまり私に関係のあることだ」
「う…いや、気にすることじゃないし」
「自分に関係があることで、しかも否定的発言をされているとあっては気にしない方がおかしいだろう。何なんだ」
「何なんだ…って…」


 何なんだ、と問われて『ええ、アイドルになるのは無理だと思ったんです』なんて答えられるはずがない。

 内心弱りきって御剣の顔を見れば、えらく真面目な顔つき――自分の弱みが気になる性格、『無理』の一言に引っ掛かっているらしい。



 気まずい。

 気まず過ぎる。




 背の高い街路樹がつくった涼しげな木陰の下を通る裁判所への道程は、成歩堂の好きな景色のひとつであったけども、今回ばかりはあまりの居心地の悪さにげんなりとため息をついた。



 

 

   

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