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季節は６月。 木々も新緑の爽やかを通りすぎ、溢れんばかりの青をまとい始めていた。蒸し暑い時期とは言えさえずる鳥の声は、自然の中でしか味わえない涼味をかもしだしている。 ここは都心の一角にある公園。法廷の中休みに、成歩堂はひとり公園に散歩にきていた。 新進気鋭の若手弁護士として、午前午後とびっしり法廷が入っている――といえば聞こえはいいが、単に慌ただしいだけだ。まだ若輩もいいところ、取引先との顧問料だけで生活していけるような身分ではなく、来るもの拒まず、去るもの追いすがり、の勢いで仕事を受けなければ家賃すらままならない。 そんな毎日の息抜きに、時間が取れればこの公園をぶらつくようになった。 公園といっても子供が遊ぶような遊技場ではなく、美しい花壇や噴水を構えた広大な庭園である。 大きく茂る緑に囲まれた、まさに都心のオアシス。虫の声に子供時代を思い返すのも楽しいし、茂みの側で昼寝をしているノラネコを構うのも面白い。平凡な茶トラだが愛らしい顔立ちの牝猫は、何度か昼ごはんをお裾分けしてやるうちに頭を撫でさせてくれるようになった。 今日もツナサンドの残りを彼女に振舞ってから、午後の憂鬱な法廷に戻ろうと公園の出口に足を向けた成歩堂は、見なれないものを見つけて歩みを止めた。 何やら派手派手しいものがそこにある。 御剣だ。 ベンチの上で薔薇に埋もれている御剣だ。 いや、正確には御剣が大輪の紅い薔薇の花束を抱えてベンチに座っている。 「うわ…」 数十メートルと離れているにもかかわらず、成歩堂は思わず後ずさった。 自分とは違い、御剣は薔薇の似合わない男ではない。 むしろ似合う。似合いすぎて怖いくらい似合う。だから、凄まじく辺りの光景から浮いていようが、彼が薔薇の花束を抱えて座っていること自体は構わない。問題は… （むしってる…？） どういうわけか。 御剣は膝に抱えるように抱きしめた薔薇の花びらを何か呟きながら１枚１枚むしっている。 こうなると、整いすぎた容姿と相まってすでにホラーの域だった。 （さて、どうしよう…） 強烈な衝撃から我に返ったところで、厄介なコトに気が付いた。 （このまま歩いて行けば、当然あのベンチの前を通ることになる…よな？） 声をかけるべきか否か。 これは難問だ。 挨拶くらい投げかけてもいいのだが、正直、成歩堂としては見なかったことにして素通りしてしまいたい状況である。 むしろ、声をかけないほうが親切かもしれない。いくら普段から突発的に変なことをやらかす御剣でも、薔薇をむしっているのは尋常ではない…何かひと知れぬ悩みでも抱えている可能性がある。そして、うっかりその悩みを友人に知られようものなら、狼狽して逆ギレするだろう。 小学校の給食に時間、皿の隅によけられたグリーンピースを指摘しただけで３日間口をきいて貰えなかった事実は、いい教訓として記憶の片隅に残っていた。 その上、御剣は自分の世界に没頭するタイプの人間だ。可愛らしくほっそりした少年だったころの面影は消え、背の高い、厭世的な顔の鬼検事になろうとも、その辺は昔から変わっていない。 あの調子で薔薇むしりに集中しててくれれば、前を通っても気が付かない可能性もある。 しかし、もし気が付いた場合。 （これが一番厄介なんだよね…） プライドの高い御剣のことだ、自分の奇行（としか思えない）を見られたショックのあとに「成歩堂がそれを見ていながら、あえて声をかけなかった」事実に対して、怒り狂うことは目に見えていた。 わざわざ気を使ってやって怒られるのでは、いくらなんでも割に合わない。割に合わないというか、理不尽だ。でも、それを指摘しようものなら、事態はさらに泥沼化… 『泣く子と御剣には勝てない』――何となく、そんな言葉が頭をよぎる。 再会したときはすっかり変わってしまったかと思ったけれど、あの事件の後、自らの闇から開放された御剣は１５年前と同じ御剣だった。一見完璧なようで実はひどくバランスの悪い性格はそのままで、いや、社会に対する仮面を装えるようになった分、余計にそのギャップは性質が悪い。 もっとも、そんな部分も含めて、自分や矢張は御剣という人間を受け入れているのだけれど。 そんな感慨も一瞬のこと。 今はとにかく文字通り目の前の問題を解決せねばならない。こうしているうちに時間は刻々と過ぎていく。 （…しばらく様子見るしかないか…２０分くらいなら余裕あるし） 真宵ちゃんに押し付けられたヒメサマン腕時計を眺めてため息をついた彼は、すぐ背後に迫ってきている人影にまったく気がついていなかった。 |