5
「ちわぁッス!」 「どわぁぁあああ!」 いきなり背後から投げかけられた腹に響くような大声に、成歩堂は飛び上がって振り返った。 「奇遇ッスね、えっとナルホドくん…でしたっけ?」 ようやく名前を覚えてくれたのか。 その声の主は言わずもがな――糸鋸刑事だ。 「な、…何してるんですか、こんなとこで」 この公園は裁判所からは歩いて5分程度の場所にある。しかし、糸鋸が普段詰めているはずの本署からはずいぶん遠いのだが。 「何って…え…あの、散歩ッスよ」 どうも歯切れが悪い。 見ると、手にはビニール袋。 そしてその中身は… (ネコ缶?) 「あの、それ…」 「あ…バレたッスね…ほら、この公園にいっぱいいるじゃないッスか」 視線の先に気がついた糸鋸は、頭を掻きながら照れくさそうに笑う。 「ああ…」 どうやら動物好きらしい。 確かに動物が好きそうな顔をしている。それに動物にも好かれそうだ。 (ケモノっぽいもんな、なんか) 心の中で失礼な感想を抱く成歩堂である。 「で、珍しいもんだからちょっと餌付けでもしてみようかと…」 「珍しいですか、ネコが?」 「ネコ?…ネコじゃないッス。タヌキッスよ」 「タ…タヌキ?」 (タヌキがいるのか、こんな都心の真ん中で!) この公園は緑も多いし、鳥もたくさんいる。何処からかカルガモもやってくるし、リスなどの小動物だって探せばいるのだろう… しかし、タヌキとは。 『タヌキの生息域=田舎』という思い込みは通用しないらしい。 「おっきなネコ位のが二匹いるッス。ありゃきっとツガイッスね」 「でも、そんなタヌキに餌付けして何を…?もしかして食べ…」 「なんてこと言うッス!」 軽い調子の発言は、頭上の枝すら揺れそうなほどの大音声にさえぎられた。 「あんな愛らしい生き物を食べるなんて…人間じゃないッス!」 「じ、冗談ですよ、冗談…」 しばらくは険しい顔をしていた刑事だが、慌てての弁明になんとか怒りは収まったらしい。ふと気がついたように聞いてきた。 「で、そっちこそこんなとこで何をしてるんッスか?」 (あ、そうだった…) タヌキの話に気を取られてすっかり忘れていた――。 「いや、そこに御剣が…」 と、言って振り返ると、すでにベンチの上は無人。 灰色がかった地面に零れている深紅の花びらだけが、さきほどの恐怖体験が幻ではなかったことを告げている。 とにかく問題は勝手に解決したようだ。 「…いたんで……なっ!」 めでたしめでたし…と、ほっとして糸鋸の方を向き直ったところ。 詰め寄ってきた刑事の鬼のような顔がまさに目の前にきていて、成歩堂はおもわず腰を抜かしかけた。 「な、な、なんですか…」 「…アンタ…」 「は、はい」 「ここで御剣検事を覗き見してたんッスね!!」 糸鋸の声は大きい。 重低音で腹にくる。 至近距離での立ち話で、耳が悪くなるじゃなかろうかと、ひそかに心配していた成歩堂だったが、今度こそ、鼓膜が破れんばかりの怒声だった。 |