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ちわぁッス!

「どわぁぁあああ!」



 いきなり背後から投げかけられた腹に響くような大声に、成歩堂は飛び上がって振り返った。

「奇遇ッスね、えっとナルホドくん…でしたっけ?」

 ようやく名前を覚えてくれたのか。
 その声の主は言わずもがな――糸鋸刑事だ。

「な、…何してるんですか、こんなとこで」

 この公園は裁判所からは歩いて5分程度の場所にある。しかし、糸鋸が普段詰めているはずの本署からはずいぶん遠いのだが。

「何って…え…あの、散歩ッスよ」

 どうも歯切れが悪い。
 見ると、手にはビニール袋。
 そしてその中身は…


(ネコ缶?)


「あの、それ…」
「あ…バレたッスね…ほら、この公園にいっぱいいるじゃないッスか」

 視線の先に気がついた糸鋸は、頭を掻きながら照れくさそうに笑う。

「ああ…」

 どうやら動物好きらしい。
 確かに動物が好きそうな顔をしている。それに動物にも好かれそうだ。

(ケモノっぽいもんな、なんか)

 心の中で失礼な感想を抱く成歩堂である。


「で、珍しいもんだからちょっと餌付けでもしてみようかと…」
「珍しいですか、ネコが?」
「ネコ?…ネコじゃないッス。タヌキッスよ」
「タ…タヌキ?」

(タヌキがいるのか、こんな都心の真ん中で!)

 この公園は緑も多いし、鳥もたくさんいる。何処からかカルガモもやってくるし、リスなどの小動物だって探せばいるのだろう…
 しかし、タヌキとは。
 『タヌキの生息域=田舎』という思い込みは通用しないらしい。


「おっきなネコ位のが二匹いるッス。ありゃきっとツガイッスね」
「でも、そんなタヌキに餌付けして何を…?もしかして食べ…」



なんてこと言うス!



 軽い調子の発言は、頭上の枝すら揺れそうなほどの大音声にさえぎられた。


「あんな愛らしい生き物を食べるなんて…
人間じゃないッス!
「じ、冗談ですよ、冗談…」

 しばらくは険しい顔をしていた刑事だが、慌てての弁明になんとか怒りは収まったらしい。ふと気がついたように聞いてきた。

「で、そっちこそこんなとこで何をしてるんッスか?」

(あ、そうだった…)


 タヌキの話に気を取られてすっかり忘れていた――。




「いや、そこに御剣が…」

 と、言って振り返ると、すでにベンチの上は無人。
 灰色がかった地面に零れている深紅の花びらだけが、さきほどの恐怖体験が幻ではなかったことを告げている。
 とにかく問題は勝手に解決したようだ。

「…いたんで……なっ!」

 めでたしめでたし…と、ほっとして糸鋸の方を向き直ったところ。
 詰め寄ってきた刑事の鬼のような顔がまさに目の前にきていて、成歩堂はおもわず腰を抜かしかけた。


「な、な、なんですか…」
…アンタ…
「は、はい」




ここで御剣検事を覗き見してたんッスね!!





 糸鋸の声は大きい。
 重低音で腹にくる。

 至近距離での立ち話で、耳が悪くなるじゃなかろうかと、ひそかに心配していた成歩堂だったが、今度こそ、鼓膜が破れんばかりの怒声だった。




 

 

   

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