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(の、覗き…?) 思いもよらない、とはまさにこのことだろうか。 「えっと…あの…それはどういう…?」 あまりの言われように、内容を理解するのにちょっと時間がかかったが、何やら誤解が生じているようだ。キーンとする耳を抑えながら、恐る恐る聞き返してみる。 「駄目ッス!御剣検事は警察のアイドルッス!」 「はぁ…あいどる…?」 「覗き見して何をする気だったんッスかぁぁ!!」 (何をするも、何も…) 誤解うんぬんの前に、どうも根底に著しい認識の違いがあるような気がする。性格がずれてて仕事人間で情緒不安定ですぐ怒鳴る上、公園でぶつぶつ言いながら薔薇をむしっているような男がアイドル… (何だそりゃ) どうやら世の中には理解の及ばない世界があるらしい。 「よくわかんないけど、とにかく誤解です」 「だったら何してたんッスか!」 「いや、御剣がそこでバ…」 薔薇をむしってて…と言いかけて、はた、と止まった。 薔薇むしりはどっからどう見ても『変な行動』。そして御剣にはプライバシーというものがある。それにプライベートスペースが広いと言うのだろうか、とにかく詮索されることを嫌う。さらに、どうやら糸鋸刑事は御剣のことをアイドルだか何だかわかんないけれど、特別視しているらしい… はたして言っていいものだろうか? 「バ?」 「いや…ええと…」 「さっさと吐く!」 なんだか取調べを受けている気分になってきた成歩堂だ。 「薔薇…を抱えて座ってたんで、誰か待ってるのかなぁ〜なんて思って、邪魔したらいけないかなぁ〜なんて…ま、そういう感じと言うか…」 適当にごまかそうとしたせいで、日本語がめちゃくちゃになってしまった。 「…で、ここで…って、アレ?」 宙をさまよってた目を戻すと、糸鋸がしょげていた。 がっちり逞しい身体がひとまわり縮こまったうえ、周りには『どよ〜ん』と効果音を付けたいくらいの、重い空気が漂っている。 「ど、どうしたんですか!」 「恋人がいたんッスか…」 「へ…?」 いきなり話が飛躍した。 「そッスよね…自分なんか相手にしてくれるわけないッス…」 「え〜と、あの〜?」 「今までが夢だったんッスね…」 そう呟くと、糸鋸は魂が半分抜け出たんじゃないか?と心配になるくらい、深く重い溜息をついた。 (…なんか悪いこと言ったかな?) 自分の発言が原因らしい…が、一体なんで糸鋸がへこみまくっているのだろうか? いまいち理解できない成歩堂である。 しかし、糸鋸のあまりのしょぼくれ様に、妙な罪悪感がチクチクと良心に攻撃をしかけてきた。 「すいません、あの、コイビトって何が…?」 「…」 答えは、ない。 哀愁のメロディをBGMに屍状態になってしまった糸鋸からは、もう何も聞けなさそうだ。 そして時間も、ない。 上着で隠れているヒメサマン時計を覗くと、そろそろ裁判所に向かった方がよさそうな頃合。 ごく真っ当に判断して成歩堂は糸鋸に別れを告げる。 返事のない糸鋸の背中の向こうに、なぜか真っ赤に燃える夕日が見えた気がした。 |